KTTその七

日韓関係が良くならないのと同様に、嘗ての我家も、叔父一家との「いざこざ」が絶えることがなかった。その主原因は、イデオロギーだった。男・女・女・男の、4人兄弟姉妹の、長男が我が父で、略全権を握っていた。処が父が52歳の若さで急逝した途端、我が母と叔父(末弟)との、泥沼の闘争劇(土地相続紛争)が、惹起したのである。当時の私は小学4年生!昨日まで遊んでいた、従弟との交流も禁止され、何と我家の敷地を通過する事すらをも、母が禁止した。困った叔父一家は、仕方なく小川に小橋を架けて、出入りする有様となった。その後、叔父一家は、熊本市に転居し、叔父亡き後は、叔母が永らく一人住まいをしていたが、今ではその消息すらをも、定かではない。