稲作その五

戦後に起きたブームで、思い出すのは「養蚕」である。我家の隣家等は、一階から二階にかけて吹き抜けの構造で、大量の桑の葉を、棚状に並べ、蚕を飼っていた。蚕は所詮虫なるも、耳を澄ませば「ワシワシ」と音がするほどの量だった。そしてこれこそが、一過性に過ぎなかったが、敗戦の痛手を癒す、目玉と云える輸出品目として、米国女性のストッキングの材料として、対米輸出の切札と、成ったのであった。あれから早半世紀、今や日本車の洪水で、米国から「輸入制限」を迫られる事態に!