思えば癪に障ること限りないが、10月27日の朝、何時もの様に自宅下の田圃を見回りに行ったら、茫々に伸びた耕作放棄地の雑草がザワザワと揺れている。何だろうと近付いたら、突然ウリ坊(猪の子供)が飛び出して脱兎の如く走り出した。私が大声で叫び乍ら追いかけた処、猪が掘った穴に足を取られて転んでしまい、その衝撃で左足のふくらはぎの肉離れを起し、杖を突かねば全く歩けない状態になった。よりにも依って年間で最も忙しい収穫の時期に、予期もしなかった戦力外通告である。
それにしても、今年の猪は人を恐れなくなったのか、凄まじいまでの跋扈である。田圃や畑の土を其処ら中掘り返して、稲も野菜も果物も荒らし放題の有様!以前は夜間しか出没しなかったのに、今では昼間から堂々と屋敷や畑や田圃を、我が物顔で走り回っている。そんな光景を前に、我家の犬は恐れをなしたのか、吼えもせずに小屋の中で小さくなる体たらく!目に余る状態に私も困り果て、知人から借りた箱ワナ(中の餌を食べると蓋が閉まる構造の檻)を設置したが、周囲のミミズを掘り返すだけで、用心してワナには決して入らない(学習していると思われる)。
そんな今年の収穫シーズンも漸く終了し、少しは落ち着いて来た。そこで私は田圃に設置していた4台の電気柵を回収して、機器のチェックをした処、内一台がひどく壊れている。丸で草刈機の刃が当たった場合に起きるような、プラスチック外郭の破損で、その隙間から雨水が浸入して機能不全となり、猪の侵入を許したのだ。そこで私は早速、大阪阿倍野区のメーカ、末松電子工業に電話をして現品を送り、原因究明と修理を依頼した。そうしたら、予想通り数日後に電話があった。私は、てっきり品質不良のお詫びと、無償交換をして貰えると思ったが、見事に裏切られた。「基板交換が必要で一万五千円頂きます」との、しゃあしゃあとした返事である。子供の玩具じゃ有るまいし、私は開いた口が塞がらなかった。紫外線に当たるとポロポロ欠けて、雨水が浸入するような粗悪品を売り付けておいて有償修理とは、流石にガメツさでは有名な関西企業でも、こんなひどい話は聞いたことがない。私は怒りを抑えて「どうぞ廃棄して下さい」と言って電話を切った。私は元サラリーマンであり、こんな場合は品質保証部門が対応するのが一般的だが、今回のトラブルは明らかに材料選定の誤りである。何故なら、電気柵は田圃の畦に数ヶ月間、設置するものなので、強い紫外線や風雨に晒され、少しでも隙間が出来れば、水分が侵入して電子部品が機能不全を起すのは、容易に考えられることだからだ。そんなこんなで、歌の文句にあるような「良いことがなかったこの秋」も、漸く終盤を迎えた。
そこで私は縁起が悪い“鷽の谷”の苗代を、来年から“天神平”(注)に切り替えようと考え、水田上に靡いた真竹を伐っていたら、逸早く区長が見咎めて、山主に態々ご注進をしたらしく、Oさんが我家まで態々来られて「自家の竹は全く不要なので、どうぞ幾らでも伐って下さい」と言われた。そうなれば私は勇気百倍!懇意のKさんに依頼して、同じく道路上に覆い被さっている、十数本の杉の大木をも、一網打尽に伐採して貰ったのである。お陰で日当たりが劇的に改善され、恐らく来年は良い収穫が得られるだろう。
Oさんは、我家の親戚であり、子供の頃は父に連れられて毎年、年始の挨拶に行っていたし、今でも毎月散髪に行く懇意な間柄である。それにしてもO家は不幸続きである。婿養子の旦那は放蕩三昧、挙句の果ては数百万円の詐欺に遭い、私の髪を切り乍ついつい涙ぐまれる。一方その1%にも満たない猪の被害を嘆いている私は“月並な慰め”を言う位しか、手立てがないのである。終わり
注)天神平とは、天神山の裾野と言う意味で、明治維新後、新政府の命令で“一村一社令”が公布され、北石貫(横穴古墳の上)と、元石貫(天神山の上)に在った二社を、川向こうの現在地に統合した為に、跡地名だけが残っている。因みに北石貫に懸かる小さな眼鏡橋は、北石貫神社の参道の名残である。尚石貫の南の富尾地区にも神社が有るが、これは旧富尾村の神社である。