菅野さん

言うまでもなく、今の首相は菅さんである。そしてこの菅という字は、管理者の管(竹冠)とも、官僚の官(ウ冠)とも異なる草冠である。私が住む九州地方では、菅野という苗字は聞いたことがないが、TVを見ていると、東北地方には“菅野さん”が大変多いことに気付く。
私は15年前「菅野さん」の下で1年間働いた。当時、会社は半導体の一大投資を実行中で、私は上司からプロゼクトリーダに指名された。然し菅野さんは私と言う人間を殆んど知らず、不安に思ったようだ。菅野さんから見れば、己は入社以来30年間以上、半導体一筋の生え抜きなのに、私は他の事業部から流れて来た、何処の馬の骨か分からない人間に見えただろう。丁度その時期に、菅野さんは部長から工場長に昇格した。
それから私は、菅野さんから頻繁にお呼びが掛かるようになった。氏は私を机の前に立たせ、瞬間湯沸器の如くエキサイトして、東北訛りを速射砲のように浴びせた。要はそのプロゼクトには社運が掛かっていて、失敗が許されないこと。その仕事はプロでなければ無理で、私は“アマチュア”であること云々。これは氏が“業者から刷り込まれた固定概念”だと思う。ビジネスは如何に付加価値を高くし、利益率を上げるかがキーポイントである。下請企業たりとも、自社の業務を専門化・高度化して、請負単価を少しでも上げたい。それがハイテクの半導体投資となれば尚更で、菅野さんは業者から「自分達は他の者では出来ない高度なスキルやノウハウを持つ専門家集団である」と吹込まれていた(実際はピアノ引越し業者みたいなもの)。
今、東日本大震災で被災された方の名前に「菅野さん」を見かけると、私は嘗ての上司を思い出す。そして原発絡みのニュースにも、最近変化が出てきた。それは経済界から推された経済産業相が、原発の安全性に楽観的で、再稼動を目論んだのに対して、菅総理が突然、ストレステストを言い出し、政府内が混乱しているからだ。これは、私が菅野さんから「アンタでは不安なので業者に任せろ!」と言わたれたのと良く似ている。ストレステストはコンピュータを使った一種のシミュレーションで、多数の入力条件の内の二つ(例えば地震と津波)がandかorの違いだけであっても、正反対の結果が出得る(=結果を恣意的に変え得る) 。こんな初歩的なこと位、先刻ご承知の経産相は、さぞや困惑されたことだろう。
今の日本は、震災を越えて新しいフェーズに踏み出す、大切な時期に当たる。こんな時、日本国の舵取り役の政府自体が混乱していては、国民はどうして良いか分からない。中でも復興担当大臣に指名された、松本龍氏に至っては論外で、私は同じ名前を持つ人間として、あの岩手での振舞いは「ヤクザ」としか言い様がなく、恥ずかしさを通り越して、怒りが込み上げた。
物事は須らく、部下を信頼して出来るだけ任せ、やる気を出させることが肝要で、これは時代や職種、場所や人を問わないし、それには組織トップの器量が大きくモノを言う。あの超短気だった「菅野さん」も、私が雨嵐の中で、計画通りの仕事を成し遂げたのを切欠に、すっかり信頼され、その後は一言もクレームを付けなかった。
私は思う。非常時のリーダーは数え切れない位居れども、歴史に名を留めたリーダーは数少ない。その中でも有名なリーダーの一人が、西郷隆盛ではなかろうか?薩摩の不満分子を引き連れて九州山脈を敗走し、最後に城山にて自刃した。今の菅さんは、嘗ての西郷さんの立場に近い。部下に全てを任せて、自身は全ての責任を取ってこそ、総理大臣の名に値する。きっと菅さんも今、そんな事を考えて居られるだろう。終わり