英国王のスピーチ

先日アカデミー賞を受賞した話題作「英国王のスピーチ」を見た。この映画はハリウッド映画とは対象的にとても地味な映画で、英国王ジョージ6世が吃音を克服するお話。1936年1月、ジョージ5世の死去後、本来ならば王位を継ぐべき兄のエドワード8世が、離婚歴のある米国女性(シンプソン夫人)と結婚した為に、急遽弟がジョージ6世として即位する。然し、彼は吃音症(所謂ドモリ)だった。妻のエリザベス妃は治療を試すが、改善しないので、ユニークな治療で有名な、豪州人言語聴覚士ライオネル・ローグを訪ねる。然しローグの、王族たりとも一切特別視しない治療態度に、王のプライドは著しく傷つき、劣等感に苛まれて反発し、もがき苦しみながらも、懸命に吃音の矯正に取り組むという、極めて人間臭いドラマである。
当時の欧州は、ドイツのナチズムやイタリアのファシズム、ソ連の共産主義などが台頭した時期で、イギリスはドイツのポーランド侵攻を受けてドイツに宣戦布告。第二次世界大戦が始まり、ジョージ6世が、世界中の植民地を含む大英帝国全土に向け(ややドモリつつ)必死の面持ちで、ラジオ放送を行ったところで幕となる。
この映画は、現在の国家元首エリザベス女王の父親の実話であって “出来れば公にしたくないテーマ”を、赤裸々に映画化するなど、日本の皇室ならとても許されないことで、その面でも英国は凄い国である。又歴史は戦勝国が作るものとは言え、名うての演説者であった枢軸国の3首脳(ヒットラー・ムッソリーニ・東条英機)に対し「プロパガンダで戦争は勝てない!」と揶揄しているようで、現役時代に口下手で損ばっかりした私は、ちょっと胸がすく想いだった。
私は2年近く前に従姉が住むロンドンを訪れ、10日間滞在した。その間、女王の住まいでもあるバッキンガム宮殿や、週末を過ごされるウインザー城を訪れて、その歴史と伝統に触れた経験を持つ。
私は勿論吃音症ではないが、スピーチと言うと、何故か小学生時代を思い出す。私は石貫小学校で、6年生の2学期まで過ごした。当時は学級委員制度など、きっちりしたものはなかったが、最初のスピーチは5年生の時、卒業式の送辞だったと思う。同級の私の従姉など、それはそれは見事な送辞を読み、児童のみならず保護者・教員一同が、感涙に浸ったと聞いた。それに引き換え私の送辞は、言うならば“引っかかりもっかかり”何とか読み終えたと言って良い。そればかりか、事前に幾度かリハーサルをした筈なのに、和紙の巻紙を左手で広げて、右手で巻き取る動作が上手く行かず、最後に「ぐしゃぐしゃ」になったので、傍聴席から「クスクス」と笑いが漏れて赤面したのを、はっきりと覚えている。又、何時かは「暗記した筈の言葉」が緊張の為に出て来ず、暫く沈黙の後に、やっと発したり、散々なスピーチが多かった。唯一の例外は、初代玉名市長“橋本二郎氏”の目の前で行ったスピーチで、市長が態々壇上から下りて来て、私に「有難う!」と握手を求められた。尤も当時の市長は父の友人だったので、社交辞令もあったろう。
中学・高校・大学の10年間は、全くスピーチの機会なし!社会人になっても、私のスピーチ下手は直らず、部下からの仲人要請も最初は断った。然し課長になった後は断れなくなり、メモ紙を用意し、何度も練習して臨んだ。漸く合格点を貰ったのは、3度目の仲人のスピーチだった。この時は、新婦が学生時代から十余年間想い続けた恋が、漸く実ったドラマ性も有ったし、私もそれなりの人生観を身に付けた頃で、式典終了後、新郎の友人から「良いスピーチでした」と、お褒めの言葉を頂いた。
そして退職後、公民館長を5年間務めたが、この役職は敢えて言うならば“スピーチ要員”で、会議の司会を始めとして、学校行事や、長寿会、婦人会の総会などでは、必ずと言って良いくらい、来賓代表としてスピーチをしなければならない。私は就任期間中、大方メモ用紙を持ってスピーチに臨んだ。それなのに公民館長は、名誉職的色彩が強く、手当ては交通費程度のために、成り手が居ないらしく、辞めて数年経つのに、先般又しても私に再登板して欲しいとの依頼が舞い込んだ。断ったのは勿論である。
私は思う。最高のスピーチは“聞き手の心を打つスピーチ”である。人は大抵場慣れをするに従って“そつのないスピーチ”は出来るようになるが、人の心を打つスピーチは、やろうと思っても出来るものではなく、話し手の心の内から、自然と滲み出て来るものである。故リンカーンや、ケネディ大統領、昭和天皇の玉音放送等が、その部類に入るだろう。
私は今年64歳!今後スピーチをするチャンスは殆んどないと思う。そうなれば自らその機会を作るしかない。私は生涯最後のスピーチを、孫娘の結婚式でバージンロードをエスコートする時と決めた。最近まで私に「抱っこ、おんぶ、肩車」をせがんだ孫娘は今年もう6歳、26歳で結婚するとして、20年後である。これで長生きの目標が決まった。その時のスピーチを、20年間懸けて練り上げよう!終わり
追伸、希しくも昭和天皇の誕生日の4月29日、エリザベス女王の孫に当たるウイリアム王子と、ケイト・ミドルトンさんの結婚式が、ロンドンのウエストミンスター寺院で、華やかに挙行されている。