地デジ

「地デジ」とは、地上のデジタル方式の無線局により行われるテレビ放送で、今や世界各国に普及しつつある。雑音障害が少なく画像が鮮明で、多チャンネルやワンセグ放送などに対応可能な、優れたシステムである。一方で、従来のアナログ放送は今夏で打ち切られることになり、アナログTVを見ている家庭では、少なからず影響があるようだが、テレビの受信障害を十年余り味わった私は、正直助かったとの気持ちである。
と言うのも、十余年前のアパート建設当初、入居者からTV映りについて苦情が寄せられ、私は何度も謝りに行った。特にKABが問題で、紫色の縞がTV画面をチラチラとよぎり、とても見辛い。私では対処出来ないので、業者を呼んでアンテナを調整すると、少し改善したように見えるが、暫くすると又同じ苦情が来る。終には私も堪忍袋の緒が切れて、窮余の策として映りが良かった我家のTVアンテナから、私設の電柱を建て、架線をアパートまで引く工事をした。我家の敷地がアパートより2~3メートル高いだけで、途中の山の影響が殆んどなくなるのだ。
別の問題も発生した。川向いのアパートは、山陰の為に電波塔がある金峰山が見通せず、熊本放送が全く映らない。近隣のご家庭は、仕方なく福岡や長崎の放送を受信していた。然しアパートの住人は、天気予報等やはり熊本放送を見たいと言われる。私は窮余の策として、近くの我が墓山の頂上に専用のテレビ受信塔を設置し、アパートまでケーブルを敷設した。然し台風が来る度に、受信塔周囲の木々の枝がアンテナに接触して、受信障害が発生する。私はその度に業者を呼び、薮蚊の襲来を受けながら、梯子を担いで山に登り修理して貰ったが、度重なるクレームに音を上げ、遂には山頂の大木を伐採した。
こんな厄介な問題の根源は、当地区の地形に起因する。即ち川沿いの幾筋もの谷間に集落が点在する典型的な中山間地なので、受信障害は避けられない。かと言って、障害の少ない衛星TVだけを見るわけにも行かない。だから地域懇談会の折には、この問題が毎回提起され、行政は集落単位で共同受信塔を建てるよう指導した。しかし相当の資金負担が伴うので、地元の意見集約が進まず、今日まで先送りされていた。それが今年になり急転直下、当地区の高台にある共同受信塔から、有線で各家庭に電波を配信することになった。即ち有線テレビ(CATV)である。この工事が又大変で、地域には電力会社やNTTの電柱があるのに、更にTV専用の電柱を建てている。架線に至っては更に複雑で、旧来のアンテナ架線も撤去しないので、我家の周りは電柱と架線だらけになってしまった。そして業者が、各家庭のTVを一台一台設定し直した。然し私は、今回の工事では何の負担もなかった代わりに、然したるメリットも受けていない。「じゃあCATVを断れば良かったではないか?」と言われるかも知れない。然し、私一人がこの工事を断れば、台風が来る度に、アパートの入居者からクレームが来るやも知れないと、びくびくしなければならない。詰りは安心料なのだ。
私は思う。CATVという有線方式は、多分アナログTVの時代から、都市の地下街などには設置されていた。ケイタイならいざ知らず、車載TV等を除けば、殆んどが固定受像機で受信するTVは、最初から有線方式で配信すれば、受信障害も無く、二重三重の投資をせずに済んだ筈である。そして、電力も、放送も、通信も、各戸に配信するのは共通なのに、行政が縦割りで、バラバラに工事するから、電柱と電線だけが際限なく増えて見苦しくなるのだ。
然し、唯一メリットもあった。10年程前に太陽電池パネル工事をした時、業者が持ち込んだ電柱3本が余剰になり、譲り受けて小川に架けた処、とても便利な私設歩道橋が出来た。私は折に触れ、この電柱橋の上に佇んで物思いに耽っている。終わり