本当のこと

中学時代の同級生N君は、今考えると知的障害者だった。当時は現在とは違い障害者施設も未整備で、彼のような軽度の障害者は、普通の学校に行くしかなかったのだろう。転校後、私は前席の彼と直ぐ仲良しになった。彼は底抜けに明るく、筋骨隆々とした身体の持ち主だった。腕相撲をすると、私が両手で挑んでも敵わなかった。多分年齢も私より1~2歳上だったのだろう。然し彼は“差別”されていた。ある時誰かが彼に「低能陛下」だと言った。彼はそれを聞いてとても喜んだ。私が彼にその意味を“そっと”説明すると、彼は顔を“真っ赤”にして、その男を追いかけた。人は「本当のこと」を言われると怒るものである。その意味では彼の障害程度は「重くなかった」と私は考える。
人は“下心”が少しでもあれば、決して「本当のこと」は言わないし、心にもないことを平気で口にする。特にサラリーマン社会において「本当のこと」を言うのはとても難しい。上長も所詮人間であるから、普段から少しでも心証を良くしておかねば、結局自分が損をする。これは私自身が管理職だったのでとても良く分かる。課長に昇格した途端に周りの態度が変わる。新年賀詞交換会には長蛇の列が出来るし、盆暮れには下請け業者から沢山の「付け届け」が来る。然し役職を離れた途端、それらは潮が引くように来なくなる。これが世の常であって、封建時代から聊かも変わってはいない。
今トヨタ車のクレームが全米を騒がしている。先日は社長自身が米議会に乗り込み、釈明に追われていた。私が嘗て勤務した企業も、トヨタ車向けのマイコンを生産していたので、全く他人事とは思えない。私は、自身が設計したエアコンのクレームの責任を取って退職届を出したが、訴訟社会の米国での賠償は、途方もない金額になるだけでなく、社会的混乱すら起きかねないので、トヨタ社長は口が裂けても「本当のこと」は言わないと思う。これは、毎日のように記者会見をする総理大臣とて全く同様である。鳩山首相は多分、心の内の半分も「本当のこと=本音」は喋っていないと思う。
一方、トヨタ社長や首相と対照的に、今の私には上司や部下どころか顧客すらいない。何をするにも殆ど自由の身である。だからと言って「本当のこと」を言うのはそんなに簡単なことではない。面と向かって「本当のこと」を言えば、誰でも気分は良くないし、腹が立つに違いない。さりとて言わなければ相手は気付かず、事態は一向に改善しない。ブログはその意味では良いツールかも知れないが、情報が一方通行なのが大きな問題である。
私は今までの人生において、出来る限り「本当のこと」を言い続けた積りだし、今後も言い続けようと思う。だから多くの人から嫌われるだろう。然し還暦も過ぎたこの年で“好かれる為に思ってもいないことを言う位なら、嫌われても思っていることを言ったほうがマシ”だというのが、私の生涯変わらぬ“プリンシプル”でもある。終わり