半農半X

「半農半X」と言う言葉がある。これは「半自給的な農業と各人の適性・長所を生かした社会貢献的な仕事を両立させる生活スタイル」と定義されているが、私にはどうもピンと来ない。今の時代、大半の農家は日曜百姓みたいなもので、どこかに勤めつつ合間に農業を営んでいる。然しこれは「第二種兼業農家」と言い「半農半X」とは呼ばないので、単なる勤めは社会貢献ではないらしい。この流れで云うと、今の私は「半農半X」に入れて貰えるかも知れない。Xとしてパーマカルチャーの仕事をしているからである。別項でも述べたが、今夏同専任講師のデジャーデンゆかりさんが急逝された。その4ヶ月前、我がファームステーション庄屋で、同氏がメイン講師となって10泊11日の集中講座があり、終了後に反省会が開かれた。その場でゆかりさんは「和室での座位は窮屈なので、腰掛けてやりたい!」と申された。私は“この言葉”を重く受け止めた。と言うのも、私自身が狭い縁側に座り、とても窮屈な思いをしたからであ。そしてこれはとうとう“遺言”になってしまった。私は、2年半前パーマカルチャーを我家に誘致した時、講座会場を近くの公民館に決めた。広さは24畳である。然し畳の上に正座したり、胡坐を掻いたり、足を伸ばして長時間過ごすのは楽ではない上に、換気が悪くて私は幾度か気分が悪くなった(スライド使用の為に雨戸を全部締め切ったから)。そんな経緯で今年の会場は、まちづくり拠点の「ナギノ交流館」に変更したが、14畳+段差のある周り縁では矢張り狭過ぎた。私は反省会の場で新会場建設を表明した。建設地は自家敷内である。と言うのも畑や調理場や寝所のある我家から離れた会場では、人や物の移動/搬送の手間が馬鹿にならず、スタッフはそれら付加価値の少ない業務に手を取られてしまう。私の提案はパーマカルチャー理事会の承認を受け、早速馴染の大工Tさんに発注した。Tさんは男意気に思ったのか、利益度外視で見事な県産材を使い、骨組(屋根と壁)を建設して呉れた。棟上はクレーンを使い数名の大工さんが来て一日で終わった。広さは公民館と同じ24畳(但し土間)である。シャッターや窓は、車庫の部材をそっくり流用した。ここまではTさんにお願いした。勿論むき出しの柱と屋根だけの会場で講座は出来ない。他方私の資金にも限りがあるので、壁造りは自力でやることにした。このやり方をハーフビルドと言う。そこで生きるのが、6年前に庄屋の店舗を建設した経験である。当時壁土は購入したが、竹を編むエツリと土壁塗りは殆ど自力でやった。今回も竹の材料は全てパーマカルチャーのNさんと二人で山から切り出した。そして土壁塗りの応援を求めたら、予想を超える多くの人々が手伝いに来られた。Nさん以外に、Fさん、Iさん、そしてその友人複数(カナダ人も)、更には、我が娘、娘婿、息子、それに家内までもが。最後には競争みたいになって、予想より早くエツリ掛けと土壁塗りが完了した。そして今秋、当会場でこけら落しのイベント「セシリアセミナー」が開かれたのである。私はそれに先立ち、看板の除幕式をした。名称は尊敬する我が祖母の名を取って「シシ亭」とした。私が大好きだったお祖母ちゃんもきっと喜んでくれるに違いない。文字の揮毫は我が次女である。然し、建設はこれでは終わらない。粗壁の上に室内外共板を張る必要があるからである。(これをしないと壁土が剥離するし、気密断熱効果が乏しい)室内側は私が殆ど一人でぼちぼち仕上げた。慣れた作業だったので一週間程で完了した。この他に土壁の上塗りと、屋外側は鎧板と称する昔ながらの木塀にする予定だが、ぼちぼちやっても年内には完成するだろう。それにしても私はこの10年間、農機具倉庫に始まり、二つの鶏小屋、ガチョウ小屋、庄屋(店舗)、加工所(調理場)、右馬七亭(寝所)、スタフルーム(寝具保管庫)そして「シシ亭」と良くもまあ次々にハコモノを造ったものだ。
今政治の世界では、民主党による“事業仕分け”が大きな関心を呼び、巷の話題をさらっている。確かに官僚の要求をバサバサ切り捨てる手口は、大岡裁きに似て小気味良い。私はこのニュースを見ながら、若し私の事業計画が“まな板”に載せられたらどうなるだろうかと想像する。きっと“蓮舫議員”は言うだろう。「使用目的が細分化されて、稼働率を上げる努力が見えません。予算は全額カットです。」終わり