バチクリコン

此の、何とも意味不明な言葉(意味は“ヤッタ”に近い)を口にする様になったのは、何時の事からか分からない。多分高校生の頃だったと思う。私は決して“勉強好き”な少年ではなかった。寧ろ“勉強嫌い”といった方が当たっている。出来るだけ勉強せずに良い成績を上げたかった。そんな場合、カンニングが最も安易な手段で、昔も今もそれはある。然し、私は違法なやり方はしたくなかった。そうなれば“山を賭ける”事である。授業中に、試験に出す箇所をそれとなく“ヒント”として与える先生も居る。その言葉を聞き逃さない事である。先ず其処を徹底的に勉強する。そして先生が何故、其処を選んだのかを推測する。するとその先生の“性癖”が何となく掴める。それを手がかりに“演繹法”で他に似た箇所がないかを探し、其処を集中的に勉強して試験に臨む。当然この方法は当り外れがあるが、当った時には絶大な効果を齎す。特に数学などである。試験問題は数問しかない。私は問題を見た瞬間心の中で「バチクリコン」と叫ぶ。例えば証明問題3問中2問が当れば、それは10分程度で解け、残り1問に多くの時間を注ぐ事が出来る。然しこの方法は、残念ながら英単語や、漢字の試験には通用しなかった。何故なら全ての生徒に出題範囲が明示されるからである。私はこの種の試験は何時も成績が悪かった。
時は過ぎて大学生時代、私は3年半を大学近くの借間で過ごした。試験は前後期制で、年に2回の試験がある。そして単位制の為、必須科目は全て、選択科目は一定数取らないと、進級出来ない。従って必須科目の試験問題を予測することが重要だった。私の部屋は当時、居心地が良かったのか、友人の溜まり場になっていた。そして試験の数日前から、皆で試験勉強を始める。その場合の重要なヒントは、過去の試験問題だった。それが“何所からか”廻って来た。(最近当時の先生に会った時、それは男子寮が出所と聞いた)私達はその問題を試験の前夜、必死になって解いた。そして試験当日、その問題は必ずと言って良い程出た。例えば、4問中2問とか。50点は10分で稼げる。残りの2問に全力で当れば、間違っても落第点になることはない。私は是のお陰で、余り勉強もしなかったのに、単位も落さずに4年間で卒業出来た。
然し、この方法が企業で通用すると思ったら大間違い。実社会はそんなに甘くない。そして私は企業では、他ブログで述べた様に、悪戦苦闘を繰り返し「バチクリコン」の言葉を吐く事もなく、遂には中途退職する。
然し、退職して始めた農業では再び「バチクリコン」の場面が再現する。例えばこんな場面である。私の家の向(東)側には田圃(ホームページの表紙)と川があって、数年前その川の土手(高さ3m長さ100m余り)にコスモスの種を撒いた。(有名なタキイ種苗から購入した高価な種は殆ど発芽せず、翌年近くの野生のコスモスから採取した種がそのオリジナル)それは毎年多くの芽を出し、秋には赤・白・ピンクの見事な花の絨毯となる。今年などは、他所からも態々見物に来られ、中には袋を持参して種取りをした人もあった。然しこの花のシーズンが過ぎ去った後は、厄介な光景が出現する。それは、1m以上に伸びたコスモスや野草(セイタカアワダチソウが大半)の枯れ枝である。それらは伸び過ぎて、然も縦横無尽に絡み合っている。私は是を毎年11月末1.5往復して、刈払機で切り倒す。然し、それで仕事は終らない。昨日の夕刻の事だった。此処一ヶ月雨勝ちだった天候が珍しく途切れ、3~4日間晴天が続いた。然しその晴天も昨日で途切れ、天気予報よりも早く、夕刻には曇り空から雨が落ち始めた。私はライターと新聞紙を手に、脱兎の如く其の土手に走った。そして風向きを確認して北側から素早く10m間隔で点火した。火は折からの弱い北よりの風に煽られ、忽にして大きな渦を巻き、たったの30分程で全てを焼き尽くし、後には黒々とした灰が残った。私はその時「バチクリコン」と叫んだ。明年春には再び、夥しいコスモスが、新芽をもたげる筈である。終わり