Guarantee

私は30代の後半から40代の前半に掛けて、半導体企業の設備部門を担当していた。当時の日本経済は、頗る好調と言って良く、設備投資も又盛んだった。そんな経済環境の下では、企業には始終顧客からの注文と納期督促が舞い込み、増産の掛け声が高くなる。従って、設備投資の前に、先ず既存設備での、可能な限りの生産増を要求される。それには、大きく分けて2通りの方法がある。一つは人員を多く付けて、人待ちに拠る停止時間を減らし、稼働時間を増やすこと。もう一つは設備自体の故障を減らし、稼働率即ち生産性を高めることである。
私の部門の使命は後者だった。半導体生産設備は一台数千万円から数億円と非常に高価な一方、機構が複雑で定期点検や消耗・故障による停止時間も多かった。然しそれは満遍なく起きるのではなく、特定部位に多く発生する。即ち其処は消耗部位なのである。従って、装置毎に消耗する部品を予め保持し、一定時間毎に交換せねばならない。丁度プリンタのインクやトナーみたいなものである。
私は其処に目を付けた。半年余りの現場実習のお陰で、生産現場で稼動している装置の概要と、凡その問題点を把握する事が出来たからである。私が目を付けたのは、設置台数が多くて、然も故障停止が頻繁に発生する米国製のある装置だった。この装置は、ベルジャーと称する大きな釜の中を真空状態にしてプラズマ放電を起こし、半導体基板(ウエハ)に薄膜を生成させる装置である。処が一寸したウエハのセットミスやゴミの所為で異常放電を起こして、この装置は停止する。するとメンテナンス担当者が来て、長時間掛けて分解清掃をしなければならない。その間その装置は停止し、生産が滞る。この問題は治具が古くなるに従って頻繁に起きる様になり、慢性的に生産性が低下する。
この問題の抜本的改善策は、治具を新品に交換する事である。然し現場では、一個数十万円もするその治具を、予め買って用意する事までは出来ていなかった。其処で私は、このベークライトとアルミで作られた治具を自部門で作ることを考えた。然し私の考えに、現場のメンテナンス責任者は激しく反発した。そんな“まがい物”ではギャランティ (Guarantee)が出来ないと言う。私は先ず、彼の言う“単語”に驚いた。現場の人間が“難しい英語”を使ったからである。然し直ぐに謎が解けた。装置メーカが予てより、現場担当者に純正品を使わせる為に連発していた単語なのである。即ちそれはメーカにとっても、最も注文が寄せられる部品であるから、常時供給体制を整えている。然し、それをメーカから買ったのでは足元を見られ、その経費も馬鹿にならない。
私は破損して使われなくなったその治具を借り受け、親しかった地元業者に貸し出して、図面化させた。そして樹脂メーカから材料を取り寄せ、加工して試作品を作り、その現場の課長に見せた。その時の課長の驚きを私は今も忘れない。「これ本当に貴方が作ったの?」それは本物即ち純正品と、色も形もそっくり。一目見ただけでは区別が付かないほどの出来だったからである。然もその課長はその価格に又驚いた。それは数万円と、純正品の1/10程だったのである。その課長はその場で、メンテナンス担当者を呼び、直ちに評価するように指示した。結果は勿論問題なし。その後私の許には、現場より様々な治具の製作依頼が来るようになり、この類の仕事(部品内製化)が主要業務の一つに加えられた。
私はその数年後出向となって、この部品材料を提供した中小企業の社長と親しく語る機会を得た時、彼は言った。「他の半導体企業にとって、あの位は朝飯前。もう一桁高価な部品の試作依頼がどんどん舞い込んでいます。そしてその場ではGuarantee等という言葉は一度も使われません」と!
私は思う。今中国では日本製品と形がそっくりばかりか、ブランドまでも似せたまがい物が幅広く出回り、国際問題になっている。然し、これはわが国が嘗て辿った道でもあるのだ。その証拠に、私が新入社員の当時、最初にやらされた仕事は、技術提携先米国W社図面の模写だったのである。終わり