土地問題

我家は昔から人が住んでいた所らしく、低い台地の上にある。従って、どんな大雨の時でも、水害の恐れはない。然し、昔から人は水無しでは生きられないので、井戸を掘って水を得てきた。又昔から、台地は畑として、周囲の低地は水田として利用されてきた。そして大地と低地の境界は小河川や水路となっていて、地形的には今も昔のままである。従って境界紛争も殆ど発生しない。
然しその他の場所、即ち人工的に区画された場所は境界紛争が起き易い。私が子供の頃、隣家が売りに出され、持ち主が代った(別の人が移り住んで来た)。当然、境界を画定する必要がある。私は当時未だ小学生だったので、記憶が定かではないが、それまでは隣家との境界もいい加減だったようだ。然し、新しい隣人が境界にあった大きな梅の木を伐採したのは記憶にある。そしてそれから境界紛争が始まった。母は「いつも隣人が石垣の下を掘るので崩れる」と言って気にしていた。とうとう何時だったか、土蔵の基礎の石垣が一部崩壊した。怒った母は仲介者を交えて現場検証を行い、子供の私も立ち会わされた。その後その石垣は、コンクリートで補強して一段落した。ヤレヤレと思ったのも束の間、隣人が境界付近に廃物を埋めていると母が言い出した。そして何と、近くの駐在所の巡査を立ち合わせて、現場検証をした。然し警官は本来刑事事件が専門であり、境界紛争のような民事は不得手というか門外漢に近い。多分「当事者同士で解決しなさい」とか何とか言って、逃げたのだと思う。元隣人が駆り出され、その人の記憶に基づき、暫定境界が決まった。
ところが此処は、石垣も無くてなだらかな傾斜地なので、何時又侵食されるか母は気が気でない。私にフェンスを作れと言い出した。私は母の被害妄想だと思ったが、仕方なく孟宗竹を切り出し、それを材料に簡単なフェンスを作った。隣人注視の中での作業は決して心地良いものではなかったし、所詮子供(多分中学生)の作ったフェンスは耐久性に乏しく、2~3年後には呆気なく崩壊した。仕方なく又再建、それを何度か繰り返した後、私は其処に十本程の杉苗を列植した。隣人からは、大きくなると日陰になるとクレームを付けられたが、毎年剪定をすることで了解を得た。この生垣は今も残り、毎年庭師に剪定をお願いしている。
然し、農地や山林の境界はもっと問題が起き易い。農地の場合、境界の土手や畦(あぜ)はスコップや鍬(くわ)で容易に削れるからだ。今は圃場整備されたので殆ど問題が起きなくなったが、昔は畝を少しずつ削り取り自分の田畑を拡張する人が居た。お陰で、我家の田畑は中央部が凹んだ矩形の農地が今も何箇所か有る(四隅は石や木等の目印が有って動かし難い)。
山林の場合はもっとひどい。某爺さんは、我が墓山を少しずつ削り取って、自分の畑を拡張していたらしく、母は何度もクレームを付けた。そして終には本人では埒が明かないとその孫(私のクラスメート)まで呼びつけて注意した。又こんな事も有った。長らく部落の世話役をしていたAさんは、納税奨励金(地方税を完納すると還付されるお金)を納税者に返金せず、着服するような問題の人だった。そして自己の山林からではなく、隣接する我が家の山林から大きな杉を無断で切り出して、玄関の上がり框(所謂腰掛け)を新築していた。これを知った母は烈火のごとく怒り、Aさんに直言した。Aさんは顔を真っ赤にして、一言も抗弁出来なかったとか。その大きな切り株は今も残っていて、私はその山に登る度にその事を思い出す(Aさんの山は谷川の対岸で、明らかに違法伐採)。母は事ある毎に「女子(オナゴ)だと何かに付け馬鹿にされる。早く大人になって見返せ」と私に言っていた。
私は思う。人はどんなに欲張って自己の土地を広げても、寸土たりともあの世までは持って行けない。それどころか世代交代する度に、相続税や贈与税として国に吸い上げられる。即ちある人が言った言葉「資本主義の日本といえども、土地は所有者が一時借用しているもので、結局は国のものなのです」を思い出す。こんな土地に何で日本人は異常に執着するのだろうか?私は不思議でならない。終わり