しょのむ

先日、鹿児島市で九州公民館大会が開かれたので、総勢20余名のメンバーで現地を訪れ、参加する機会を得た。私にとっては、久し振りの鹿児島であった。然し、旅にはトラブル/ハプニングが付き物でも有る。今回もその例に漏れず、不案内の運転手が道を間違えて、昼食予定のレストランを探し回ったり、ある人がホテルの鍵をそのまま持ち出してしまったので、返却する為に途中から引き返したり。お陰で我々は鹿児島市内をグルグル走り廻って思う存分見学する事が出来た。そしてその間、車内では色んな会話が飛び交った。その多くの会話が、その発展振りに対する驚きと、熊本市との比較であった。鹿児島市と、熊本市はその規模において大きな差は無く、市電が走っている事等、似通った点もある。然し大きな違いがあった。それは鹿児島市には、熊本市の致命的欠点である、慢性渋滞が殆ど見られなかった事である。我々はその原因について色々考えた。私は都市計画の差だと思った。熊本市は幹線の国道3号線が市内中心部を貫通しているが、鹿児島はその終点に当り、熊本市程の通過車両はない。それにも拘らず、海岸沿いには立派なバイパスが出来ていて、多くの車両が渋滞もなく走行している。鹿児島県に行くといつも感じるのが、平野が狭く地形も入り組んでいて、熊本県程地形に恵まれていない事である。鹿児島市もその例外ではなく、山地と海岸に挟まれた地形は、交通渋滞を招きやすい。然し現実は異なっていた。
他県の人に言っても理解できないので、熊本県の方言だと思うが「しょのむ」と云う言葉がある。その意味は「羨む」若しくは「妬む」に近いと思うが、熊本県人の県民性を良く表わす独特の感情で、上手く表現出来ない。熊本県人は得てして、成功者を妬み、隙有ら後ろから足を引っ張る。この気質が災いして、衆知を結集することが肝要な政治・経済面で、鹿児島に大きく遅れをとっているのは、明治維新や、最近ではAU(KDDI)の成功例を引くまでも無かろう。熊本県人の例外的な成功は、芸能人やスポーツマン等、主に“個人技が求められる分野”であり、最近はチームプレーが重視される高校野球でも鹿児島に遅れをとっている。
私はこれまでの半生において、幾名かの鹿児島県人と共に仕事をしたが、その度に“小さなトラブル”に見舞われた。何れの人々も“すこぶる頑固”であった。そして、私はそれを“突き崩そう”と試み、悉く失敗した。それは県民気質の相違にも一つの原因がある様に思うが、彼らよりも“自分の側”にこそ問題があったのだと思う。そしてその一つの解答は、意外にも今回の旅行で、バスの窓から見えた田舎の原風景の中にあった。鹿児島県人は、先祖をとても大切にする。その証拠に、人家から決して近くない所に有る殆どの墓にも、溢れんばかりに綺麗な花が飾ってあった。然し私は、直ぐ近くにある先祖の墓の花すら、メンテナンスが出来ていない。終わり
追伸:先日家内の姪が成人の日を迎え、和装の出で立ちで我家を訪れた。彼女は現在鹿児島大学農学部の2年生“私のアドバイス”に感謝していると言う。実は2年前彼女が大学受験を前に、九州大か鹿児島大か迷って相談に来た時、私は鹿児島大を勧めた。理由は既に述べた通りである。九州大も悪くはないが、卒業生には“学者然”としたイメージが付き纏う。嘗ての私の部下の一人も九大卒だったが、扱いに非常に苦労した。ある種の自信過剰は、協調性を阻害する。その点鹿児島には、あの巨大な櫻島大根に象徴される、何か“農学に打ち込む土壌”を感じるのは私だけであろうか?以上