公民館活動(その一)

早いもので、私が公民館支館長を拝命して今年は5年目になる。あれは3月末のことだった。区長会長と婦人会長が連れ立って2度も我家に来られて、就任を強く要請された。私にとっては正に晴天の霹靂だった。支館長とは、市社会教育課傘下の各種委託事業を司る役職で、元来地域の長老や退職校長等が就くのが慣わしだった。然し当時の私は現役社員だったので固辞したが、お二人の余りの熱心さに負かされ、最後には渋々承諾してしまった。前任のY氏が脳梗塞で突然倒れられた故の、急遽の登板でもあった。
就任要請の殺し文句は「自分達が何でも段取りするから、貴方は只座って居て、挨拶すれば良い!」とのことだったが、事実は相当異なっていた。何せ支館長傘下の運営委員は、区長はじめ学校長・長寿会長・婦人会長・議員等々、殆ど私より年上の名だたるお歴々なのだ。挨拶も確かに多いが、それだけで人が動く筈がない。市主催の支館長会議に初めて出席した時は、飛びぬけて若い私(当時55歳)にびっくりした大先輩のK支館長から「貴方、この役職はそんなに生易しくない。現役では無理ですよ!」と嗜められた。(事実、着任2年目に私は退職した)それから既に4年半、色んな事が起きたし、又大変だったが勉強にもなった。
支館長主催の最大行事は、秋の球技大会である。これは近くの大学の施設を借用して、校区の老若男女が、好きな各種のスポーツを楽しむ一大イベントである。そして支館長の主業務は、施設の確保と主催即ち、開会・閉会(表彰式)挙行である。(競技運営は体育指導員が行う)
就任最初の年は大変だった。競技会場の予約が取れないのである。市の担当者と彼方此方の会場を駆け回り、日時と競技種目のケーススタディを3案程作成した。最悪の分散開催も覚悟した。然し、結局は大学一箇所で挙行する事になり、結果グランドゴルフが犠牲となって、農場脇の狭い場所となり、楽しみにしていた高齢者に迷惑を掛けた。それが気になって、私は競技終了後の午後の宴会(6区に分かれて開催)の席に、一々お詫びして回った。処が地域の皆さんは大歓迎で、クレームどころか献杯の嵐を受けた。
以降4年間、この大行事を実施する中で、私なりの認識も少しずつ変わってきた。即ち地域のイベントで大切な事は、滞りない行事の遂行や立派な挨拶よりも地域住民の相互親睦で、住民大多数の楽しみは、競技よりもむしろ終了後の宴会だったのである。そうなると、重要な事は協賛金(品)集めとなる。従来から少しは集まっていたが、とても満足出来る量ではなかった。そこで私は、毎年会計担当の区長と、挨拶状を持参して地域の事業所を個別訪問し、一々趣旨を説明して協力を依頼した。その効果がようやく昨年から出始めた。開会式の時、舞台上一杯に並ぶビールやジュースの箱は壮観である。そして、司会の区長会長挨拶には、決まり文句が出るようになった。「今年も支館長のご努力で、沢山のお樽(協賛品)を頂きました。皆さん楽しみにして下さい」この挨拶を横で聞きながら、私は何とも言えない満ち足りた気持になる。そして、以前は一所懸命に練り上げた挨拶の言葉など、考えもしなくなった。それよりも来年の為に、今年協賛頂いた事業所さんにきちっとお礼に行かねば!
私は思い出す。「汗は自ら掻きましょう。手柄は人にあげましょう」という、あの余り評判の芳しくなかった“竹下総理”の有名な言葉を。終わり