鶏の世界

私は、他のブログでも述べたように、子供の頃から鶏を飼っていた。そしてその飼い方は、場所は変れども何れも平飼い方式である。即ち一定面積の地面を柵で囲い、複数の鶏を一緒に飼う方式である。この方式には長短所の双方が有る。短所としては①広い場所を必要とする。②鶏体の強弱の為餌が均等の行き渡らず、運動にもエネルギーが割かれる為、産卵率が低くなる。一方長所も又多い。①運動や土浴び(土を羽に掛けて羽虫を落とす=ストレスが減る)をするので、鶏体が健康に保たれ、産卵寿命が長い。②雄を入れることで有精卵が生産出来る。有精卵=受精卵=生きている卵なので、鮮度が持続する。③多様な餌(土中の昆虫等)を食べることで「美味しい卵」を生産出来る等々。私はこれ等の長所を評価し、一貫して平飼いを選択してきた。
然し鶏の平飼いは「独特のハーレム」が形成されることでもある。一般的に雌鶏20~30羽に1羽の雄を混ぜる。(注.複数の雄鶏を入れると、雄鶏同士の激しい戦いで優劣が付き、弱い雄鶏はハーレムの外に追い出される)一方雌鶏は始終忙しく、又食欲旺盛でもある。人の気配がちょっとでもあれば、一斉に集まって来て、どんな餌でも奪い合うように食べる。特に給餌時には、強い雌鶏が弱い雌鶏を嘴で突き、20羽居れば20段階の序列が出来てしまう。当然下位の序列の雌鶏は、他の多くの雌鶏から突かれるので、餌の摂取量が減って産卵率が落ちる。然し、強い雌鶏が食べ終えた後は、残りの餌を食べられるので、痩せ衰えたり、飢死する事はない。
我が鶏小屋の中には大きな木があり、鶏は其の習性として、どんな酷寒の夜も豪雨の夜も、安全な樹上で寝る。そして、その場所争いも“例”の序列で決まる。一番強い雌鶏が一番安全な場所、即ち雄鶏の真横なのである。これは差し詰め「正妻」と言って良かろう。
そして雌鶏は卵を産み、チャボ等は抱卵して子供を育てる。一方雄鶏は超然としている。いや「ボーッ」と立っていると云った方が正しい。仕事は「外敵への警戒」と早朝の「コケコッコー」そして「交尾」位しかない。鶏の交尾は早い。あっと言う間に終わる。私は雄鶏が交尾の選択権、主導権を執っていると思っていた。然しこれが間違いだと云う事を先日発見した。雌鶏が要求するのである。雄鶏の脇に擦り寄って座り込む。その時は雄鶏にその気が無く、交尾しなかったが、この光景を見たのは初めてだった。
今、人間社会も大きく変わりつつある。先日長女が福岡から友人を伴い帰省したが、その一人は「シングルマザー」だった。今後も一人で子育てをする積りらしい。北欧ではシングルマザーが半分を超えたとか。私はその長女の友人に「鶏の世界」を連想して、思わずこう言った。「人間も段々と動物に近くなって来たね!」と。
追伸:先日私は老鶏30余羽を処分して、新に若鶏30羽を買い入れた。理由は著しい産卵率の低下と、卵の自己消費(鶏が自分達が産んだ卵を突いて食べること)の為である。然し知人から「雄鶏は老鶏が良い」と聞いていたので、元から居たのを1羽若鶏の集団に入れた。これを見た私の同級の女性が、先日思わず呟いた。「まあ!若い娘30羽に囲まれて、あの雄鶏はさぞや幸せでしょう」と。処がどうだろう。最近その雄鶏の姿は哀れなる哉!上半身(首から胸にかけて)羽が殆ど抜け、赤い鳥肌を寒空に晒して震えている。その原因は、産卵を始めた若い30羽の雌が、一斉に交尾を要求したからである。そのシグナルは恰も新妻が、出社する夫のネクタイの曲がりを直す仕草とそっくりである。然しその度に雄鶏の毛は1~2本ずつ抜き取られる。私は一人思った。カミサンは一人でも大変なのにと。以上