セドヤ


小さい頃私は、石原裕次郎のヒット曲「二人の世界」ならぬ「一人の世界」をつくる遊びをしていた記憶がある。部屋の片隅に幾つかの四角い火鉢や、座布団等を集めて積み上げ、狭いスペースを作り、其処に入って心地良さを味わう。これを私は「セドヤ」と呼んでいた。「セドヤ」とは、狭い部屋と言う様な意味であろう。特別な目的はなかったが「セドヤ」に篭ると何故か心が落ち着いた。それは多分、昔の家はだだっ広くて、家財が殆ど無く、がらんとしていたからだと思う。
私の友人のIさん夫婦は一風変った方である。北九州の人だが、田舎暮らしに憧れてとうとう阿蘇の原野を購入し「第二の人生」を過ごす住処を完成された。私も何度かお邪魔したが、素晴らしいお宅である。そのIさんから、敷地に残る樹木を利用して、樹上ハウスを作る計画があると聞かされた。私はこのアイディアを早速頂戴した。我が畑(実は借地)に一本の大きなイヌシデがある。これは元々有った古家(旧隠宅)を解体し、樹木を伐採した2年前、わざと残しておいた木である。地際から数本の枝分かれした形状と、生えている場所が、樹上ハウスにぴったりだった。
今春、親友のK君が私の檜山(Working on the problem参照)にログハウスを作りたいと言い出した時、私は乗り気ではなかった。それが如何に大変な作業であるかを、20年程前に「スカウトハウス」建設で経験していたからである。その代わり、樹上ハウスには興味があった。私は、小さい頃から木登りは得意で、屋敷や地域にある色んな木々に登って遊んだ。これは特に柿捥ぎには役立った。大木の頂部近くまで登り、モジキ(先端を加工した竹)で柿を捥ぎ、下で待つ母に投げ落とす。母は、テニスの経験があるとか言って、キャッチ(ちゅん取り)が得意だった。又、柿の樹上から見渡す周りの景色も良かった。丁度その時、何処からか大鵬・柏戸の大相撲放送が聞こえていたのを覚えている。
処が、今の子供は木登りをしない。彼らに、高所(樹上)からの景色を見せてあげたい。そんな想いで、K君の助けも借り、一ヶ月足らずで完成したのが写真の樹上ハウスである。大人の遊びとしては、可愛い部類に属そうが、最近は大人も子供も「遊び心」をなくしてしまったようで何だか寂しい。私は、この高さ5m、広さ半畳程度の樹上ハウスを「セドヤ」と命名しようと思っている。