農と地域興し

結局、自分の犯した失敗を繕うには、農業をするしかなくなったこともあり、定年まで4年を残してサラリーマン生活に別れを告げた。然し周りを見渡せば、石貫は山有り、谷有り、川有り、正に山紫水明の恵まれた地域である。然も川沿いの土手には、先人が植えた立派な染井吉野や八重桜が育ち、季節を華麗に彩る。この恵まれた環境を生かせば、農業を核とした地域興しは成功させられる。折から、市では一区一輝運動と銘打った地域興しプロジェクトが発足していた。
地域興しは先ず率先垂範、自分では田の土手にひまわりやコスモスの種を蒔き、空地に間伐材を利用した鶏小屋を建設した。将来は生ごみを分別して貰い、鶏に与え、それを食べて生んだ赤卵をそれらの人々に提供すれば、これは立派なリサイクルである。こんな生活は自分が子供の頃では当たり前だった。態々お金を掛けて市のごみ収集のお世話になる必要は田舎ではない。
更に近くの山に植えたクヌギが大きく育ち、下刈りすると散策にもってこい。夏はカブトムシやクワガタが発生し、子供の格好の遊び場になる。下葉を集めて醗酵すれば立派な堆肥、それを使った有機栽培、切ったクヌギは椎茸の原木に。屋敷裏の空き地に柿、栗、梅、桜、モミジ、ケヤキ等を植えたら下にフキが大発生、これも名産に出来る。小岱山に植えた桧は間伐時期を迎えた為、引き出してウッドデッキを製作、家内に喜ばれた。これらは何れも地域の資源を生かすことで、やろうと思えば誰でも出来ることである。